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【米農家特集】土俵から田んぼへ——「地域まるごと守る」米作り(前編)

【前編】土俵から田んぼへ——「地域まるごと守る」米作り

お米工房 村岡|村岡佑樹さん(山口県萩市)

お米工房 村岡/村岡 佑樹さん(萩GOCHIより引用)

はじめに

こんにちは。Metagri研究所インターン生のktsこと末澤(すえざわ)です。

私たちZ世代が将来直面する食料問題や地域の持続可能性。その最前線で闘う生産者の姿を知りたい──そんな想いから、今回、山口県萩市で約40ヘクタール(東京ドーム約6.5個分)の田んぼを守る「お米工房 村岡」代表、村岡佑樹(むらおか ゆうき)さんへインタビューさせていただきました。

村岡さんは元力士という異色の経歴を持ちながら、家族とスタッフと共に広大な圃場を管理し、田んぼだけでなく水路や法面の草刈り、害獣対策まで地域のインフラを支えています。そこには、地域の環境保全持続可能な農業への挑戦、そして若者が夢を持てる農業の実現という、多岐にわたる熱い想いがありました。

私たちZ世代が感じる農業の課題、そして未来への可能性──。それらを村岡さんの言葉から深く学び、消費者やこれからの担い手へと発信するために、就農の経緯から栽培へのこだわり、経営のリアル、そして未来へのビジョンまで、じっくりと取材させていただきました。

今回のインタビュー記事は前編・後編の2回に分けてお届けします。
前編では村岡さんの就農の経緯と栽培哲学を、後編では経営課題と未来へのビジョンをお伝えします。

「米を作るだけじゃない。水路の見回り、法面の草刈り、害獣対策まで含めて守るのが僕らのやることです。」


プロローグ:土俵から田んぼへ

田万川の風に揺れる黄金の稲穂。そこに立つのは、かつて土俵で闘った大きな背中の男だ。中学卒業後に花籠部屋へ入り、15歳から22歳まで力士として過ごした村岡さんは、引退後に建設業を経て地元へ戻り、2017年に本格的に農業の道を歩み始めた。相撲時代の主食は米。あの日々の大食や鍛錬を支えた米との関係が、いつしか彼を作る側へと導いた。

村岡ファ-ムの田んぼ(お米工房 村岡より引用)

転機:「家族と、この地域のために」

専門学校で出会った妻との結婚、子どもの誕生──父親になったことは、村岡さんの価値観を大きく変えた。建設業での多忙な日々は家族の時間を奪い、同時に故郷の田園に目を向けさせた。高齢化により耕作放棄地が増える地域で、兼業で守られてきた田んぼは維持が難しくなっている。妻の体調不良も重なり、村岡さんは決断する。

「家族との時間を大切にしたい。そして、このまま廃れていく故郷を見過ごしたくない。家族と、この地域のために、農業で生きていこう」

その決意は、土俵での土居返しや押しに似た”新たな土俵入り”だった。地域の先輩たちが耕作をやめるたびに彼は田んぼを引き受け、やがて作付面積は約40ヘクタールに達した。田んぼだけでなく、水路の見回りや道路法面の草刈り、里に下りてくる害獣の警戒──地域のインフラとも言える仕事が、自然と彼の責任になっていった。

哲学の実践:なぜ”手をかけ過ぎない”のか

村岡さんの米作りは、一見シンプルだ。田植え時に元肥を入れるのみで追肥は基本的に行わず、農薬の散布も最小限に抑える。多くの生産者が収量を重視して行う追肥や複数回の防除を行わない理由は明確だ。肥料を過度に与えると食味が落ち、病害も出やすくなる。村岡さんが最優先するのは「美味しさ」だ。

また、広大な面積を家族と数名のスタッフで回す現実がある。人手にも機械にも限りがある環境で、すべてを完璧に手入れするのは非現実的だ。多収を無理に追わないこと自体が、長く続けるための経営判断でもある。

その代わりに徹底しているのが「土づくり」だ。地元の畜産農家と連携し、鶏糞や牛糞堆肥、籾殻などの有機物を田んぼに還す。牛の飼料用稲(WCS)を栽培して畜産に供給し、代わりに堆肥をもらう「耕畜連携」も進める。化学肥料に頼り切ると土が硬くなり地力を失うが、有機物を入れることで土がふかふかになり、根張りが良くなる。結果として稲そのものが病気に強くなる──これは目先の収量ではなく、10年、20年先を見据えた投資である。

村岡ファ-ムのお米(お米工房 村岡より引用)

現場の知恵と工夫

小区画が多い中山間地では、大型のICT農機が本領を発揮しにくい。圃場の形状に合わせて大小の機械を使い分ける”二刀流”が必要になり、機械費用はかさむ。ドローンによる散布などは取り入れつつも、超大型投資は慎重だ。限られた人員で点在する圃場を回る時間とコストも見逃せない。
こうした制約の中で村岡さんは、管理しやすい設計を徹底する。手をかけるべきところと、省くところを線引きし、土づくりや連携で病害耐性を高めるのが現実的な選択だ。

前編のまとめ

土俵で培った胆力は、今や広大な田んぼと地域を守るための基盤となっている。
村岡さんの米作りは単純な生産活動を越え、地域のインフラと暮らしを支える仕事だ。しかし、その道は決して楽ではない。
次回の後編では、経営の現実、価格の問題、そして「農業を若者が選べる職場にする」という彼の未来像に迫る。

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